冷たい風吹く2



かったりぃ…。
昼下がりの街、愛車をゆっくりと走らせ、慎吾は白い煙を吐き出した。

週に何度かのどうしてもの講義を除けば、ほとんど大学へは行っていない。
バイトも金が足りなくなったら、割のいいその日払いの仕事をチョコチョコとこなすだけ。
長く続く人間関係は苦手だった。

高校を卒業してしばらくはアパートに1人暮らしをしていた。
だが1年もすると毎月払う家賃がバカらしくなって、
さほど街から離れていない実家に戻ってしまった。
父親は単身赴任で不在。
姉はフツーにOLをしているはずだが、どこを遊び歩いているのか、
ごくたまにしか帰ってこない。
家にいるのは母親と自分だけ。
その母親も、慎吾が戻ってきた当初は何くれと世話を焼きたがったが、
慎吾がウザったがるのを見て、何も言わなくなった。
夜遅くに車で出かけては、昼まで寝ている今の生活を咎める者は誰もいない。

真昼間。世間の皆様が汗を流して働いている時間に、
自分は行くところも、することもなく、ただボンヤリと時間を浪費している。
でもそのことに、少しも後ろめたさなど感じない。
真面目に大学に通うことも、安い時給でバイトに明け暮れる生活も、真っ平だ。

いや…。
それは嘘かもしれない
罪悪感を感じてないのなら、どうしてこんなにもこの自由がウザいのか。
どうしてこんなに焦燥感ばかりがつのるのか。

それでも自分は何もする気にはなれない。
後5時間もすれば、日が暮れて自分の相手をしてくれるヤツらが動き出す。
それまではただひたすらにこのダルい時間が過ぎ去っていくのを待つだけだった。





これと言ったアテもなく、ブラブラと流していると、
気が付けば中里のマンションの前だった。

こんな時間にいるはずは無い。
わかっていて、慎吾は車から下りた。
オートロックの自動ドア。
慎吾は、先に立つ中里の背中越しに、こっそりと見覚えた暗証番号を押した。
ジーという電子音がして、こともなげにドアが開いていく。

こんな所で自分は一体何をしているのか。
慎吾にはわからなかった。
部屋まで行ったところで、中里は不在。
何の約束もしていない今日、合鍵もなく、どうすることも出来ないのに。
帰りを待つ?そんなこと出来るわけもない。
では一体自分が何をしたくてここに来たのか。

通いなれたと言ってもおかしくないほどに、何度も通ったことのあるエントランスだった。
上品で重厚な色調のそこは、相変わらずキチンと掃き清められ、観葉植物まで整えられていた。

『中里』
入り口に並んだポスト。
白いテープに機械で書かれた文字が目に入る。
そっと指でその名前をなぞってみた。
鼓動が速くなり、脈打つ自分の心臓の音がうるさいほどに耳の奥で響いた。


ポストの中を覗いてみたい。


ふいに、そんな押さえ切れない衝動にかられ、震える指先で慎吾はポストに手を伸ばした。
無論それが犯罪であることなど、わかっていた。
でも中里毅宛の郵便物が、その中にはある。
その中身が見たいというよりも、ただ『中里の物』が欲しかった。
たとえそれが、たった1枚のダイレクトメールだったとしても…。
中里の物をこっそりと、自分の物にする。
それは甘美な誘惑だった。


「こんにちは」

突然、後ろからかかった声に、慎吾は一瞬ビクリとして、振り向いた。
見るとマンションの住人らしき、年若い女性が子供を抱いて立っている。
別に慎吾を怪しんでいる風でもない。
さっさと自分の郵便物を取り出し、声の出ないままに軽く会釈を返す慎吾に、
ニッコリと微笑み、そのまま出て行った。
慎吾はその姿を見送って、そのまましばらくそこに立ち尽くした。

自分は一体何をしようとしていたのか。
これではまるでストーカーだ。
いやそのものと言った方が正しいだろうか。

こんなはずじゃなかった。
何かがおかしい。
わからないことだらけだ。
どこか歯車が上手く噛みあわない。

好きだから、Kissをして。
好きだから、SEXして。

それで充分だったハズではなかったのか。
こんな泥沼にハマり込んでしまうなんて、自分でも思っていなかった
歪んだまま始まってしまった自分たちの関係。
もう今さら『好きだ…』から始まるマトモな恋愛なんて、
望むべくも無い。

昼間っからブラブラとヒマを持て余す自分と、
真面目に仕事に通い、真っ当な生活を送る中里。

生きている世界が違うのだ。

どこか打ちのめされたような気分で、慎吾は中里のマンションを後にした。




その夜。慎吾は少し早めに峠へと向かった。
別にこれと言った理由もなかったが、他にすることも、したいこともない。
まだ日付が変るには時間があるというのに、
山頂の駐車場には既に数台の先客がいた。
その中に、見覚えのある車を発見し、慎吾は眉をひそめた。
ダークグリーンのセリカ。あれは確か…。

自分も車を止め、慎吾がいぶかしんでいると、その車から持ち主が下りてくる。
窓をコツコツと叩かれ、慎吾は渋々ウィンドウを下げた。

「よぉ慎吾」
「お前ぇにそう呼ばれる筋合いはねぇよ。御木」
相変わらず嫌味なヤローだ…。
慎吾は思ったことを隠そうともしない苦い表情で答えた。

いささか時代遅れのガングロに長髪。
勘違いとしか思えないキザな態度。
少し髪形は変ったようだったが、その印象は変らない。

慎吾はこの男が嫌いだった。
1年前の夏、大学が休みだからと言って、この男は峠にやってきた。
東京帰りを鼻にかけ、何かと言っては自分たちを田舎者扱いし、
走る気もないのに、やってきては仲間とくだらないことを話して、帰っていく。

少なくとも慎吾は走ることに対しては真剣だった。
チャラチャラと、ミーハーな箔をつけにやってきているとしか思えない御木とは、
所詮、相容れない。

別に峠に誰が来ようと勝手だ。
本当だったら慎吾とて相手にもしなかった。
だが悪目立ちをする自分は、奴らの格好のからかいのマトだった。
肩が触れたの何のとイチャモンをつけられ、それに黙っていられる自分でもない。
かなり露骨な煽りをくれて、徹底的に苛めて追い出した。
それでも峠では速いヤツが強いのだ。
皆、慎吾の行動に賛成こそしなかったが、諌める者は誰1人としていなかった。

それ以来、1度も姿を見たことはなかった。
それが今になって現れ、しかもなぜ自分に話し掛けてくるのか。
「なぁ慎吾。ちっと話てぇことがあんだよ」
ニヤニヤ笑いながら御木が言う。
慎吾にはこの男と話す気など、さらさらなかった。
「はぁ…?」
慎吾は素気無く答えると、冷たく見下すように御木を睨み付けた。
さっさと目の前から消えろ。
「そんなこと言っていいのか?」
だが慎吾のキツい視線にもまったく動じることなく、御木は続けた。
「ちょっと面白いもん手に入れちったんだよなぁ。
オタクとリーダーさんのヒ・ミ・ツってかぁ?」
その言葉を聞いて、慎吾の表情が一気に青ざめる。
御木は嘲るように笑うと慎吾の答えを待たず、
「付いて来いよ…」
そう言って車に戻っていった。

何を手に入れたか知らないが、そう満更、根拠の無いことではないのは、
その自信満々な態度を見ればわかった。
仕方ねぇ…
御木の後に従って、慎吾は今上って来たばかりの峠を下っていった。




3へ続く



慎吾と同い年じゃん!ってことに雪江が気付いちゃったばっかりに、
白羽の矢が刺さってしまった、シンデレラボーイ・御木先輩(笑)



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