冷たい風吹く 6
「来いよ」
「……」
「早く乗れっ」
押し込むようにして慎吾を乗せると、御木はそのまま来た道を逆に走っていく。
「…終わりにしようぜ。」
大人しくナビに納まり、慎吾は静かにそう言い切った。
途端に、御木が情けない、言いようの無い表情で、自分を見つめてくる。
そんな顔すんなよ…。
あんな事。
言わなけりゃ、続いてた。
それになんの意味があるのかは、わからない。
でも言わなけりゃ続いた。
それだけは確かなことだったのに。
それを言ったが為にこの男はせっかく手にしていた切り札を、無力な物にしてしまった。
自分を縛っておきたいのなら、口に出してはいけなかったのだ。
例えわかっていてたとしても言葉にしないことで、ようやく成り立っていた、脆い関係。
それに気付けなかったこの男は、なんて愚かなのか。
でも愚かで滑稽だけれど、そうしてこの男は、この甘い苦しみしか生まない不毛な関係から、
抜け出ていく。
それはそれで幸せなことかもしれない。
どこか羨むような気持ちで、慎吾は思った。
自分にハマって、全てがチャラになること。
それが自分の最初から望んでいたことだと言うのに、その後味は苦かった。
「やめろ…。うぜェよ…」
Tシャツの裾から滑り込む御木の手を、邪険に払いのける。
「何なんだよ!アイツがそんなにイイのかよ…!」
叫ぶような御木の声に、慎吾はクスリと薄ら笑いを浮かべた。
それではまったく陳腐な女のセリフじゃないか。
御木が必死になればなるほどに、言葉は空回りし、自分の気持ちは冷めていく。
「馬鹿か。お前ぇ」
冷笑を浮かべたまま、慎吾は言った。
「何マジになってんの?」
そう言えば御木が黙るしかないことをわかっていて、
慎吾は口にした。
「ちくしょ…っ!」
叫んだ御木に足払いをかけられ、もつれるようにベッドに沈み込む。
御木は慎吾の身体に乗り上げ、性急にシャツをたくし上げた。
「…ッ!」
いきなり千切れるほどに胸の突起を摘まれ、慎吾は小さく息を詰めた。
乱暴にジーンズを引き抜かれ、露になった下肢を割り開いたかと思うと、
なんの準備も整わないソコに、指を突きたてられる。
「…ひッあぁッ…!痛ッ!」
無理に分け入ろうとする指に、慎吾の内奥は激しく拒絶を表し、
全身の筋肉がこわばる。
「やめっ…」
力を抜いた方が楽なことはわかっていたが、意思で如何こうできるものではなかった。
一向に緩まないソコに焦れたのか、御木は痛みに高ぶる気配もない慎吾の前を
強引に扱き上げる。
「……はぁッ嫌だっ…やめろっ」
最初の時以外、本気で嫌がったことなど、なかった。
手足をバタつかせる慎吾を押さえつけ、御木は異様なテンションで見つめてくる。
それが怒りなのか劣情なのかそれとも別の物なのか、慎吾にはわからなかった。
「俺が嫌か?慎吾…」
低く囁く御木の、その異常なまでの眼の光に、背筋にスゥーっと冷たいものが走る。
「嫌だって…言ってんじゃねぇ…か…どけよっ」
痛みと快感に、上がる息を抑え、慎吾は御木を睨み付けた。
「ぐッ…」
鈍い音と衝撃。
一瞬目の前が暗くなり、口の中に鉄の味が広がる。
御木が自分の頬を強く殴りつけた。
続けて2,3発。
思えば最初の時にもこうやって殴られた。
あの時はそれでも手加減していたのだろうか。
慎吾は脳髄が揺れるような衝撃に意識を失いかけて、危うく繋ぎ止めた。
身体の上に乗り上げていた重みが消え、動こうとしたが、
殴られた衝撃に視界が歪み、起き上がることは出来なかった。
ぐったりとした慎吾のTシャツを脱がせ、全裸になった慎吾の上に御木が圧し掛かる。
背中の下で何かに縛られた腕が、ギシギシと軋むような痛みを訴えた。
「ム…リだ…っ…やめっ…」
潤ってもいないソコにいきり立った股間のモノをあてがい、
無理に押し進めようとしてくる御木に、慎吾は掠れた悲鳴を上げた。
「何でだ…!なんで俺を受け入れねぇんだよ…!?」
血走った目は半泣きなのだろうか。
御木の喉からヒュッという音がした。
「ちくしょぉ…っ!」
「ああぁっ…!」
ねじ込まれ開かれたソコが裂け、信じがたい激痛が全身を走る。
慎吾はブルブルと震える手を握り締め、滲んでくる涙を堪えた。
首筋を噛み切られるかと思うように、強く唇が落とされる。
そのまま首筋から鎖骨へ次々に刻印を残し、御木は貪るように吸い立てた。
だがそんなことで、痛みが収まるわけもなく、流れ出た慎吾の血液を助けに、
動きを開始した御木が達するまで、慎吾は耐えるしかなかった。
「慎吾…」
青ざめてベッドに横たわる慎吾の頬を、御木が撫でる。
不安げなその表情は、激情にかられ、傷つけたことへの後悔だろうか。
「気が済んだかよ…」
ふぅっと大きく息を吐き出し、慎吾は痛む身体をそろそろと慎重に起こした。
「お前とは…終わりだ。マジが絡むんじゃ、デキねぇよ。
テープの件はこれでチャラだぜ」
吐き捨てるように言った慎吾に、御木は何か言いたげにしていたが、
慎吾のそれ以上話す気の無いのを感じたのか、黙って部屋を出て行った。
マジが絡むんなら、デキねぇよ…
いつか自分が聞くことになるだろう言葉だった。
*****
「中で待ってろって言っただろう」
部屋の前で蹲った慎吾を見て、中里は眉をひそめた。
「まだ誰も通ってねぇしよ。不審人物とは思われてねぇよ。安心しな」
「そういう意味じゃねぇ…」
部屋の鍵を開け、憮然としたまま中里が慎吾の手を取る。
冷たく冷えきった慎吾の指先に、中里の体温がじわりとしみ込んだ。
「お前その顔…。どうしたんだ」
慎吾の頬の痣に気付いた中里が、驚いたように目を見開く。
「何でもねぇよ…。ちっとトラブっただけ」
「何でもねぇってお前…」
前髪で痣を隠すように、顔を背けた慎吾の頬に傷に触らないように、そっと触れてくる。
「どうしたんだよ?やけに優しいんじゃねぇ?」
その温かさに震えそうになる目元。
それを押さえ込み、慎吾は片頬を歪めるようにして笑った。
何、期待してんだ。
油断すんな…。
御木との一件が、より一層慎吾の心にガードをかけた。
どんな気持ちでいるのか、どれほど自分が想っているのかなんて、
言葉にしなくとも、気付かれることすら許されない。
中里は自分とは違う。
きっと中里はそれを知っていて、知らぬ振りで続けることなど、
出来ようはずもないのだから。
「しようぜ。毅」
中里が上着を脱ぐのももどかしく、Yシャツの肩に頬を乗せ、
愛の言葉の代わりに、慎吾は呟いた。
慎吾の言葉をきっかけに、中里の腕が背中にそっと回され、抱きしめられる。
首筋に唇が押し当てられ、熱い息が耳をくすぐった。
触れ合った中里の胸の鼓動が速くなる。そしてきっと自分も…。
その手に熱がこもるのを感じ、この一時の幸せを少しも逃すまいと慎吾は思った。
脱ぎ捨てられたシャツから素肌が露になる。
細くて脂肪の少ない自分の身体が中里の視線に晒される。
それだけで羞恥に全身が高ぶった。
そして御木が残していった生々しい赤い跡も…。
中里の目に触れるだろう。
また中里はあの冷たい視線を自分に送るのだろうか。
慎吾は固く目を閉じた。
「慎吾…」
いつもより低い、中里の声。
覚悟していたけれど。
別れを思うと苦しくて、耐えられなくて、
いっそ嫌気がさしたと言ってはくれないだろうかと望んだことすらあったけれど。
今はそれを実際に見たくはなかった。
7へ続く
御木こんどこそ退場(笑)